美術品である切手の買取

ダイヤモンドより価値あるかもしれない

日本の切手は世界でも類を見ないほど、よくできていると言っても過言ではない。
ルーペでよく見ると、確かに精巧にかつ複雑にできていることに驚く。
例えば、凹凸のあるデザインや、色合いが見たこともない不思議な画像、写真と絵画を合成したものなど、実にたくさんある。
まさにお札の技術を活かしているのである。
海外の切手はデザインが単純であるのでコピーしてもわからないくらいだ。
日本のものはカラーコピーすると黒くなったり、色がつぶれたりしてして、偽造に防止に徹底している。
まさに印刷技術は日本のお家芸である。
ある日を境に、記念切手収集を止めた。
もちろん購入することもなくなった。
今までは購入したものはたくさんあり、おそらく50万円以上あるだろうと推測する。
今までの切手を眺めていると、本当に懐かしい。
当時のころに熱中していたことを思い出すのである。
まさに小さな美術品が宝に山のようにある。
今は少しずつ使っているが、とてもじゃないが生きているうちにすべてを使いこなすことはできないだろう。
自分なりに価値ある切手は後回しにして、価値がなさそうなものから使っている。
ネット社会であっても切手の使い道はたくさんあるので、切手三昧といったところであるだろうか。
でも切手は美術品の中の美術品であることは確かだ。
時々切手を眺めていると、ふとデザインに目が留まることがあり、見ていて飽きない。
中には拡大して部屋の壁に飾っておくのもいいと感じたものがたくさんある。
そんなことは無理なので、机の隅っこに置いておくこともある。
机の隅っこでひときわ輝く切手なのである。
もしかしたらダイヤモンドより価値あるかもしれない。
ダイヤモンドはただ単に光輝いているだけであるが、切手の場合はデザインが部屋全体をやすらかな雰囲気を醸し出してくれるのである。
もしかしたらこのような考え方はぼくだけかもしれないが、それはそれでいいと考えている。
自分がいいと感じているからそれでいいのだ。
しかし同じ価値観を持った人がいればたいへんうれしく、話が尽きないかもしれない。

高く売れる切手は発行部数が少ないほど価値あるダイヤモンドより価値あるかもしれない美術の1つとしての価値観を自分のものにできた